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もう、あと10日で卒園なんだ

2012.03.01 *Thu*
こんばんは。

昨日、28日か。2月ももう終わりなんだな、と思いました。

そしたら、今日は、朝から雪。そして、カレンダーをみると、まだ2月。

今年が閏年だということを、今日の当日まで忘れていました。

昨日、役所で書類を書くときも、今年が何年だっけ、H24って、すんなり出てこなかったです。

まずいです。

閏年といえば、オリンピック。もう、オリンピックなんですね。

そして、私自身、オリンピックイヤーに産まれています。
中学の親友は、2月29日生まれでした。

子供の頃は、夢中でテレビで観て、応援しました。

でも、今は、前回どこだったっけ?誰が金メダルだったっけ?状態です。

そうそう、急ピッチで作った、北京でしたね。
北京オリンピックのメダル結果

うんうん。ソフトボール金メダルか、そうだったかも。
レスリングの吉田さんはすごいですよね。
北島康介!!え、もう4年経つんだ。
400mリレーも快挙だったよね。


そんなわけで、今年がオリンピックイヤーということさえ、頭になかったです。

しっかり、きちんとくらそう。



今日は、幼稚園の担任の先生とお話しする時間がありました。

昨日の遠足のお礼と、先週インフルで休んでいたのでそんな話も。

そうしたら、先生から、『○ちゃんは(息子)、発表会の練習が、誰よりも上手にできていたんですよ。(ご両親に)見ていただきたかったです。』と。
インフルが治りきらずに、発表会に参加できなかったんです。
うちでも、練習してました・・・。


先生のお言葉に、嬉しくて、思い出しただけでも、今も涙が浮かんできます。

本当に、この幼稚園に出会えて幸せでした。
息子は、たくさんの愛情をもって育てていただけました。
自信も、できるようになったことも、この1年半で、たくさん増えました。

あのまま、前の園に通わせなくて本当に良かったです。

こんなご縁があって、私たち親子は運がよかったんですね。

あのころ、『神様はいないんじゃないか。』『神というのは、人生をつかって、あれこれ実験をしているプレイヤーなのではないか』などと思ったりしました。
要は、救いがない と思いました。

振り返って、違いました。
救いの道は開かれて、無いと思っていた、他人の愛に包まれることができていました。

この先、苦難があるかもしれませんが、このつらかった時期のこと、その後救われたことを思い出します。

今通っている園は、古いキリスト教系の小さな幼稚園です。
園長先生、奥様の副園長先生の牧師さんご夫婦、信頼できる先生達、そして、こども達に、感謝しています。

私は無宗教ですが、この先生達に与えていただいた大きな愛のことは、生涯忘れないと思います。

あと10日あまりの登園です。

これ、書きながら、涙が次々流れてきました。

娘を妊娠せずに、一番最初の保育園に息子を預け続けていたら、どうなっていたでしょうか。
子供も大事だけど、自分の仕事も充実させたいわ・・・と心の中で思っていました。
フルタイム勤務なのでいつも最終時間まで子供を預けて、どんなに子供がつらかったか。私は気づいたんでしょうか。あそこにいた先生がどういう人だったのか、私はよく考えたんでしょうか。


びっくりするほどのつらい出来事が続きましたが、今、私たち親子は、支えられて、前に進んでいます。


なんかね、これ聴きながら書いたので、思いっきり、泣きモードになってしまいました。
      ↓
ショパンのピアノ協奏曲 第1番、第2楽章。
今日は、1965年のフレモー盤。
久しぶりに聴きました。いつも、1954年盤を聴いていたので。

大変音がきれいで(録音技術がいいです)、フランソワは、丁寧に優しく弾いています。
息子が、『たまごいろ』と表現したこの曲。
やはりいいですね。名盤です。
オーケストラも、フランソワをたてている演奏に徹しています。
この第2楽章は特にピアノソロが主役なので、きもちよく優しい調べが歌われています。

この演奏は、やさしさであふれています。

あぁ、フランソワは優しいんだな。
優しさ、表現の深さ・・・年とともに深まっていったんですね。


第3楽章を聴いています。とても美しいタッチですが、早いパッセージの表現が遅いです。
この頃から、健康から来るのか・・・テクの問題が出てきたのでしょうか。
定かではないですけど。
まだ41才ですよ。
私と同じくらいなのに。

って、薬指も小指も全く動かなくなって、昔の十八番が弾けない私が言えたものではないですが。

1954年盤(30才)の駆け抜けるような疾走感、躍動感、 最後、くたびれてきたようで、『あんちゃん、もうちょっとだ、頑張れよ』と声をかけたくなるような場面もあり、この第3楽章はそんな軽やかな曲ですが、41才のフランソワには、疾走感はなく、にこやかな感じでした(←らしくないよね)。
なんとなく、この第3楽章を聴いて、フランソワは、この頃、演奏に対して、非常に深く悩んだのではないかとうっすら感じました。
美しく、余裕もある演奏ですが、”彼の大切にしてきた、ショパン の演奏”ができない というような。そんな悩み・・・。


続いて、協奏曲第2番。

この曲は、たぶん、第1番よりもフランソワが得意な曲だと思います。
これは、私が先ほどの1954年の1番とセットでよく聴いている1958年の2番も、2番の方が1番より良いんだと思います。
また、この1965年の方が1958年より良いという評価が多いです。

とても丁寧に、しっかり歌っています。
激しいパッセージも、バッチリです。

ただ、以前のような、オケをぐんぐん引っ張っていく、ときにずんずん我が道進む という感じは全く無いです。

あぁ、第2楽章の美しいフレーズ、きらめくような美しさです。フランソワの音って、きらめいてるんですけど・・・より、ふくよかというか、優しい。

そして、この後の彼のことが頭に浮かぶので、美しさ・優しさと同時に、はかなさ、悲しさも感じるんです。



この演奏は、たぶんミスタッチが少ないです。それは、第1番もです。50年代よりミスが少ないです。
大変丁寧に弾いています。
なにか、思うところあって、のぞんだ録音だったのではないでしょうか。


私が、初めて、フランソワのこの協奏曲を聴いたのは、この1965年盤でした。
非常に感動しました。躍動感も感じたし、もちろん、はかなさ・悲しさは感じませんでした。

それが、いろいろ知り、聴き比べたり、そんなことをしていたら、違うようにきこえて来てしまいました。

これは、良いことなのか、悪いことなのか。

あまり、こうしてブログで、あれこれ個人の感想を書くべきではないのかもしれませんね。

音楽は自由です。

これからはノーマルな感想くらいにしておきます。

今日は(も?)失礼しました


追記:1950年代のいつも聴いているP協奏曲をその後聴いているのですが・・・不思議です。
たぶん、1965年のものだから、書きながら、涙があふれてきたんだと思います。

そんな、不思議な力が、音楽・・・フランソワの音楽にはあるんですね。


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プロフィール

a・nemone

Author:a・nemone
10歳長男、6歳長女、40代のワーキングマザーです。
働きながら、どう、家のことをうまく回すか・・・心地よい暮らしに近づきたいんですけど・・・試行錯誤しています。
音楽を聴くのが好きで、サンソン・フランソワさんというピアニストにはまっています。

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